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by yoshimuramineko
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エジプトのこと、NHKのこと

連日、国際社会では、30年以上もその独裁政治が続いていたエジプトの騒乱に大騒ぎをしています。

南アのテレビでも、今週に入ってからは少し落ち着いてきたものの、先週以来、連日トップニュース扱いでした。

それは、南アにとってエジプトは陸続きの国だから?

いいえ、違います。同じアフリカ大陸にあるとはいえ、エジプトなどの北アフリカにあるアラブ圏の国々は、南ア人にとっては遠い存在です。

でも、例えば、今日耳にしたラジオのニュースではそのキャスターと、英語圏ではとっても人気のあるソーシャル・ネットワーキングのサイト、“フェイスブック”でコンタクトを取り合っていた、というエジプト人の若者が生電話出演をしていました。

そのエジプト人の男性の話によると、最初は一連の騒乱に「自分には関係ない」と構えていた若いエジプト人たちも、今では、かなり深く関わり始めている、ということでした。

また、ムバラク大統領寄りの政治団体によるデモに参加している市民への暴力のひどさにも言及していました。

騒乱とか、戦争とか、混乱の中で人の命がとっても軽く扱われてしまうのがとってもつらいです。

どんな世の中だって、一生懸命につなぐためにあるのが“命”のはずなのに、混乱の中では「仕方ない」と思われているかのように、多くの人が命を落とします。

でも、その命を落とす人って、昨日まで、いや、極端な話、さっきまで私たちと同じように、コーヒーを飲んだり、お料理をしていた人たちなんですよね。

つまり、いる場所がちょっと違うだけで、そんな運命にぶち当たってしまった、ということに私は思えて仕方がないのです。

実際、私はあっという間に戦場となってしまった、西アフリカのリベリアに、戦争が勃発する時期に住んでいたこともあるので、いかに関係のない一般市民が、「あれよ、あれよ」と言う間に、こういった大きな暴力の犠牲になるかを目の前で見てきています。

本当に、本当に、まったく戦争などに関係のない、普通の人間が自分たちの日常を奪われる理不尽さはここで私がどう書こうが、表現でききれるものではありません。

運命は残酷です。

さて、このラジオに話を戻すと、このラジオ局、通常は音楽を流しながらニュースとか、交通情報とかを時折入る、極めて普通の番組構成が売り物です。

そして、通常であれば、著名人のインタビューが入ったとしても、せいぜい5分くらいなのに、この無名のエジプト人の青年の話は、コマーシャルで区切ることもなく、少なくても15分は続いていました。

これはいろいろな面で画期的なことです。

まず、この男性がこの番組に出演するきっかけが、“フェイスブック”だということ。

今回のエジプトやチュニジアの政治に関するデモには、このフェイスブックやTwitterといった新しいメシアが人々を集めるのに役に立っているようです。

こうやって新しいメディアの形が社会に馴染んでいくのだなぁ、と思います。誰にでもオープンである、というところが嬉しいですね。

私は、日本のソーシャル・ネットワーキングのことはあまりよく知らないのですが、このデジタル音痴の私でさえ、子どもたちやら友人やらにせつかれて、自分のページをフェイスブックに持っています。

といっても、と〜〜〜〜ってもたまにしか更新しないので、あまり活用しているとはいえませんが。

でも、言ってみれば、仕事とはあまり関係なく、どこの組織、ということに拘るわけでもなく、個人個人が情報を“友達”に向けて発信し、それが大きな波になっていることに新しい時代を感じます。

それから、この南アで、ラジオにエジプト人の男性の生の声が15分以上も響いた、ということもすごいことなのです。

南アは、あまりにも経済格差が広がっているため、人々は自分の友人関係を積極的に広げようとしません。自分と極端に違う経済状態にいる人とどう向き合っていいかわからない、と言う人が多いからです。

そうすると、自分の周りの人間は同じような境遇の人ばかりになってしまいます。南ア人にとって、人と“違うこと”は、あまり快適なことではないようです。

だからこそ、このラジオで、一人のエジプト人の青年が生の声で自分たちの今おかれている境遇を率直に話す機会を与えられた、というのは、ものすごい意味を持つのです。私の周りにいた何人かの南ア人が、それぞれの運動を静かに続けながらも、耳はしっかりラジオに集中していることがよくわかりました。

世界のこういう大きな流れをいろいろな場所で共有することこそが大切なんだと思います。

が、ここで一言、日本のNHKには苦言を呈しておきましょう。

我が家の居間には二つのテレビがあります。一つはNHKの衛星放送専用。もう一つはローカルチャンネルとBBCやCCNなどのためのものです。この二つを同時につけることはいままでほぼなかったのですが、今回、このエジプトの騒乱時は、ありとあらゆる情報が欲しかったので、同時にこの二つをつけていました。

ところが、NHKは、騒乱が始まったばかりの時でさえ、このエジプト関連のニュースがトップニュースになることはあまりありませんでした。

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向かって右がNHK、左がBBC。
「いくらなんでも、12月の歌番組の再放送はないだろう!」
と、テレビの前で抗議してしまいました!


これは、大変残念なことだと思います。NHKには、ジャーナリズムというジャンルの使命感はもう無くなってしまったのでしょうか。

「公共放送」という役割を担っている以上、私はNHKが、英語ではなく、しっかり日本語で、子どもたちに、

「これはこういう背景から出てきた騒乱です」
とか、
「この戦争は日本にはこういう関わりがあります」

と、世界のあらゆるニュースに、正面からの直球勝負のような状態で存在して欲しいと思っているのです。

先進国の環境とは違い、途上国に住む私たちのような家族にとって、日本のメディアからの発信を聞く機会は限られています。まして、文字ではなく、音声で聞くことのできるテレビのニュースは貴重です。

NHKには、“世界の動きの中にある日本”を意識した上での、「日本の声」を期待したいのです。
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by yoshimuramineko | 2011-02-09 04:02 | 萱葺きの家から

パスポートもビザも無くなる日がきますように!

久しぶりに組織から来る“圧迫感”というものをたっぷり感じてきました。

それは、先週からお話ししている米国の査証をもらうために、ダーバンの米国領事館に行った際のこと。

ご報告した通り、私に「あなたのWaiver Visa(ビザなし渡航)が認められなかったのは、あなたが過去に米国政府から何らかのビザを発給されているからです」というのは、まったく間違った情報でした。

実際のインタビューの際、これをおずおずと尋ねたところ、インタビューの係官の女性が、「いいえ、とんでもない!」と顔を振りました。

私はその時、米国領事館の醸し出している、“圧迫感”にほとほと疲れていたので、この“間違い情報”を彼女に伝えることもあきらめてしまいました。

普通であれば、文句を言いたいところですが、それも控えたくなるほど、私はそこの空気というか、場のマイナスのエネルギーに疲れ果てていました。

どうして、いつもは元気の塊のような私が、こんなに疲れていたのか。

それは、領事館の壁一杯に張られているポスターや、領事館の警備を担当している人たちの威圧的な態度が、嫌で、嫌で仕方がなかったからです。

壁のポスターには、

「嘘や間違った情報で米国のビザを収得すると、あなたは牢屋に行くことになります」

「嘘の情報で得たビザで米国に入国したら、たくさんのドアがあなたに開くかもしれません、でも一つのドアは永久に閉ざされます」

911以来、米国政府が外国のテロリストに対して厳格な態度で臨んでいるのは当然のことです。それがこういった外国にある領事館の雰囲気に反映されるのも理解できなくはありません。

これがあるから、査証を取るのだって大変になってきたことも理解できるのです。

でも、私が領事館で肌にひしひしと感じたのは、

「米国に来る必要はないですよ」

といった、米国からの“拒否”にも近い態度でした。

実際、私の隣に座っていた、南アの白人の女性が連れてきていた、農業関係の研修生は、渡航ビザを申請に来て、その場で拒否されていました。

彼女たちのNGOは、過去10年に渡り、貧しい地域の青年を農業で一人立ちができるよう支援し、その輪が米国に広がり、毎年2名ずつ米国の農業団体に研修に派遣していたそうです。

これまで10年間、まったく同じ内容の活動をしていて、研修生にビザの発給が下りなかったことはなかったのに、と肩を落としていました。

安全を選択するために、ちょっとでも危険の匂いがしたら、そこには立ち寄らない、避ける、関わること自体を止める、というのは“安全”な選択なのでしょう。

でも、私はそこに危険があったとしても、自分がやるべきこと、と思う時、または、危険に対処する術を身につけていたら、前進していきたい、と思う人間です。

領事館がまるで、鎧を身に付けた戦に赴く戦士のように見えてきて、私の敬愛する、リベラルな米国はもう無くなってしまったのか、と心が重くて仕方がなかったのです。

また、この米国領事館の所在地、というのが皮肉なのですが、ダーバンのダウンタウンの中心にあるのです。非常に治安が悪いところで、まず、昼間でも女性が一人で自由に歩ける地域ではないのです。

近くには市役所などがあり、旧跡などもたくさんある、とってもおもしろい地域なのですが、さすがの私もここを訪れるときは現地の友人と一緒に行くようにしています。

が、今回はビザのインタビューですので、週末でもないので、友人たちの仕事を休ませてまで一緒に行ってもらうこともできないので、一人で出かけて行きました。

結局、何事もなく、近くのホテルの駐車場に車を止めて、わき目も振らず速足でそのビルまで行き、セキュリティチェックを何重にも受けて、領事館に入りました。

そして、無愛想な警備会社の係り員たちに、バッグの中をこれでもか、これでもか、と調べられ、携帯電話も切ることを確認されるまで注目されたりして、インタビューに臨んだのでした。

この一連の不愉快な感覚を南アの白人の友人たちに話したら、こんなことを言われました。

「ははあ、おもしろいわね。あなたたち日本人は、日本人である、というだけで、他の国の見ず知らずの人から罵られたり、嫌われたり、ということがあまりないんでしょう?私たち南アの白人はね、アパルトヘイトの時以来、とにかく、“世界の嫌われ者”の歴史が長いのよ。ヨーロッパなどでも、一番の嫌われ者なのよ、私たち。米国大使館だけじゃなくて、どこの国に行くのだって、どれだけ多くの書類を用意して、お願いしなくちゃならないか!日本人は恵まれているわね〜。米国に行くのなんか、例えば、スミス、なんていう一般的な名前を持っているだけで、偽名か?と疑われて、ビザの発給を遅くさせられた、なんていう話も普通なんだから!」

南アの白人たちって、実は、こういう扱いを受けていることもあるのですよね。

彼らの人種隔離主義政策は、確かに、歴史に残る非人道的な愚政でしたが、その後遺症がいまだに残っていることも事実です。

いつになったら、みんなが笑って、お互いの国を自由に行き来できる時代がくるのでしょうか。米国領事館の職員だって、警備会社の人だって、自分たちに与えられた仕事をしているだけなのです。

それが、国の“方針”であれば、従わざるをえないのですよね。

でも、私は国の方針だって、最終的には、その国を形成する一人ひとりが建設的な意見でよい方向に変えていくことができる世の中がいいなぁ、と思う人間です。それができるように、社会を変えて行くのが大人の責任だとも思っています。

確かに、私は、この米国の査証を取る一連の作業で、がっかりしたり、憤ったりもしました。でも、私はそんな事務仕事や手続きの向こうに、私を迎えてくれるたくさんの笑顔があることを知っています。

米国に、そして日本や他の国にも、そんな笑顔があるからこそ、私はここ南アで毎日を精一杯生きていけるのです。

だから、きっと、いつの日か、みんながパスポートなどもいらなくなる、そんな日が来るのを信じています。

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ものすごく人相の悪い写真ですが、10年間有効のビザをもらいました。

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by yoshimuramineko | 2010-11-24 21:11 | 萱葺きの家から

米国査証の情報、訂正します!

米国領事館の査証インタビューを受けてきました。

そして、来週まで待たずに訂正しなければいけないことができてしましました。

何と!私の査証が電子渡航認証システム(ESTA)によって拒否されたのは、私が以前、何らかの査証を米国政府から収得していたのが原因ではありませんでした。

理由はただ単純に私が以前、パスポートを盗まれていたことだけでした。パスポートの盗まれた経緯はこちらから

でも、それならはなぜ、私が30分以上も延々と待たされて、ついに電話に出てきた米国人男性の職員は、「あなたに渡航の許可が下りなかったのは、あなたが以前、米国から“学生ビザ”を収得していたことがあるからです」と明言したのでしょう。

う〜ん、私は英語教育の専門家なので、人の発音やアクセントに敏感です。この男性職員はほぼ間違いなく米国人だと思います。南アフリカ人の話す英語ではありませんでした。

詳しい顛末はまた来週!
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by yoshimuramineko | 2010-11-19 15:11 | 萱葺きの家から

米国への渡航を拒否されてしまいました!

海外に住んでいると、日本のパスポートの恩恵にあずかることがとても多いように感じます。その筆頭は、日本の旅券は多くの国で、査証(ビザ)を必要とされないことでしょうか。

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白いページに記載されているのが、南アの永住権


例えば、南アフリカは日本の旅券保持者に対し、三か月の滞在許可を、ビザなしで南アの入国時に空港で与えてくれます。

これがあるとないとでは、費用のことももちろんそうですが、大使館の開いている時間帯にそこまで出向き、申請書類を揃え提出し、さらに発給された査証を押してもらった自分のパスポートを引き取りに行く、といった一連の作業から解放されるわけです。忙しい現代人にとって、これはかなりのメリットだと思います。

もっとも今ではインターネットで査証を申請できる国も増えてきましたが……。

ところが、米国が日本人や英国人など友好国に対して行っている、このビザなしでの短期滞在に関するルールを大幅に変更したことをご存じでしたでしょうか。

これは、電子渡航認証システム(ESTA)と呼ばれるもので、米国の政府のHPによると、以下のような説明がありました。

***************************
ビザ免除プログラム(VWP)に基づき米国に渡航しようとしている海外旅行者は、現在では強化された安全基準に従い、事務管理費の支払いが求められます。ビザ免除プログラムに基づき渡航を希望している資格のあるすべての渡航者は、以下の手順で渡航認証を申請する必要があります。
************************

まあ、ここまでは、“強化された安全基準”という名目で、仕方のないことなのかな、と納得しようとしました。もちろん、中には、「財政の厳しい途上国でもあるまいし、米国がこんなことで収入を得ようとしているのは恥ずかしい」という意見もよく聞きます。

西アフリカのナイジェリアも、非常に査証の取りにくい国で、なんと驚くことに、観光ビザを初めて収得するためには、Repatriation Fees と言って、万が一、ナイジェリアから何らかの理由で国外追放される場合、その人の国に追い返すための飛行機運賃を徴収されます。この値段が約7万円くらいです。これは、南アで申請するからなのか、それとも世界共通なのかは不明です。大使館に問い合わせの電話を入れても、なかなかつながらず、情報さえきちんと収集できませんでした。

このRepatriation Feesは、私たちが南アで永住権の申請をしたときも、徴収されました。ただ、これは永住権を収得したときに、利子なしで返却されました。

ナイジェリアのこのRepatriation Feesも、本人が無事ナイジェリアを出国したことが確認されれば、返還される、とはいうのですが、かなり時間がかかるのよ、と脅かされました。

ナイジェリアは永住権でもなんでもなく、ただ、観光ビザを取って数日間ナイジェリアを訪問しようとしている観光客からもこの費用を徴収しよう、というところが何とも逞しい。

私などは、

「したたかな国家ビジネスだなぁ」

とただただ唸りながら、感心してしまいます。

そして、ナイジェリアの実際の観光ビザ、費用は約2万円です。これは一回の観光ビザの場合です。何回か有効のビザにすると、4万円も取られます。う〜ん、これではちょっと敷居が高くて、ナイジェリアを訪問しようとする観光客はそう多くないかもしれません。

さて、話を米国の電子渡航認証システム(ESTA)に戻しましょう。

私には米国に10代の頃から家族同然にしてもらっている米国人の家族がいます。出身大学が紹介してくれたホストファミリーなのですが、10代の頃よりのお付き合いなので、本当に身内同然なのです。

その家族に今年の12月久しぶりに会いに行くことにしたのです。夫が亡くなってから、全速力で走ってきたので、米国の両親のところで、ちょっと一休みすることにしたのです。

そこで、いつも頼んでいる旅行会社の担当者に航空券の手配を頼み、ついでに彼女がこの電子渡航認証システム(ESTA)も申請してくれる、ということになったのです。

その担当者から電話が入りました。その内容にびっくり!子どもたち二人の申請はすんなり通ったのに、私の渡航の許可が下りない、と言うのです。

その時、彼女と私の頭に浮かんだのは、「きっと何かの間違いよね〜、システムエラーかもね」というお気楽なものでした。

ところが、いろいろ調べていくうちに、これが「何かの間違い」などではないころが判明してきたのです。

私に渡航の許可が下りなかったのは、私が以前、米国から“学生ビザ”を収得していた“過去”があったからでした。これは、ダーバンにある米国領事館に辛抱強く電話をかけて、聞き出した情報です。

つまり、私がいまから30年以上も昔に、米国で勉強したことが、この電子渡航認証システム(ESTA)では、“不利”な影響を及ぼしている、ということになるのです。

う〜ん、これ、どう考えても納得がいきません。

米国の大学大学院で学んだことのある元学生を電子渡航認証システム(ESTA)はネガティブに選出し、ビザなし渡航を不許可とし、通常の日本の旅券保持者なら必要でないビザを、一から申請し直すようにシステムを変更してしまったのです。

これ、学生ビザだけでなく、就労ビザなど、とにかく米国政府が発行したすべてのビザが対象だということ。つまり、何らかの形で米国に滞在した人間が、その後、米国に戻ってこようとする時、その人たちを片っ端からもう一度調べ直そう、というのが趣旨のようです。

これを最初から知っていたら、米国行きは断念していたかもしれません。

でも、もうチケットも購入してしまったし、仕方ないので、泣く泣く米国政府のHPで、この短期滞在用のビザを収得するための手続きを開始させました。

しかし、このシステム、何と言う使い勝手の悪さ!だいたい、質問の内容にもびっくり仰天しました。

「あなたが最後に米国政府から出されたビザの発給年月日を書きなさい」

などというものもあるのです。30年前に使ったパスポートをきちんと取っておかなかった私には、まったくお手上げの質問でした。想像力を駆使し、最後に出たであろう、ビザの発給日を何とか記入しましたが、それを証明できるものなど、まるでなしです。

さらに、私がしなくてはいけないことは、

?米国大使館か領事館で、“面接”を受けること、
?ビザ収得費用として、南アのある銀行に赴き費用を払い込むこと、何と金額は約100ドル。
?ビザ用の写真を用意すること、

ため息が出てしまいます。

でも、仕方がないですね。こういった事務仕事をたんたんとこなしていかないと、米国には行けないことになります。

以前自分の国にいた、自分の国のよき理解者であるはずの多くの人を、米国政府はある意味、“疑惑の目”で持って、再調査しようとしているわけで、ちょっと腑に落ちないのは私だけではないはずです。

さて、最後のビザはいつか、などという質問に呆然となっている間、このHPは意地悪く時間を数え始め、15分間何のアクティビティがない場合、そのページがとっとと消えてしまうのです。

そんなこんな、あんなこんな!と孤軍奮闘して、とにかく、DS-160 という申請書類を書き終えました。が、これでオシマイ!となるほど人生、簡単ではないのです。

ダーバンにある米国の領事館でのインタビューをインターネット上で予約します。これにも、費用$10がかかりました。

さあ、このインタビュー、明日です。来週、このことも詳細にお伝えしますね。
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by yoshimuramineko | 2010-11-17 14:11 | 萱葺きの家から

“名誉黒人”って?

かつて、アパルトヘイト(人種隔離政策)をしていた南アフリカ政府は、日本人に“名誉白人”という地位を与えて、日本人を“優遇”していました。

“名誉白人”とは、

「あなたは、本当は白人でないので、私たちよりも劣る人種ですが、私たちに友好的なので、“名誉”を与え、私たちの次の地位を与えましょう」

ということです。

“名誉白人”という地位をもらって、喜んだ勘違いも甚だしい日本人もいたとは思うのですが、心ある人たちは苦々しく思ったはずです。

しかし、実際問題として、“経済的恩恵”が何よりも重要な立場にいて、事業などから利益を得るケース以外、この“地位”はそう威力を発揮しなかったのではないか、と想像します。

なぜなら、一般の南アフリカ人にとって、日本人と他のアジア人を見極めるのは困難だからです。当時から大勢いた中国人と日本人を分けるのは不可能だったでしょう。

そうすると、いくら日本人が“名誉白人”というお墨付きをもらっていようと、「白人専用」と書かれたレストランやクラブ、または列車の一等席に乗るのは難しかったはずです。

実際、当時、日本と貿易の仕事をしていた知り合いが、日本から着た商社の人間を自分の所属するゴルフコースに招待したところ、マネージャーが承諾をしたものの、あとからメンバーたちの抵抗にあって、ゴルフを中断せざるを得なかった、と話してくれました。

そんな歴史を振り返りながらも、先週末、とっても楽しい時間を過ごしました。

娘ショウコは、自宅から50キロほど離れたピーターマリッツバーグという大学や寄宿制学校の多く集まる街の寄宿制の女子高校EPWORTHで学んでいます。ここは、古い伝統高でしつけが厳しいことで有名です。

私は日本の高校のことはもうあまり詳しくないのですが、日本の高校と比べると、EPWORTH はかなり厳しいと思います。もちろん、お化粧など御法度中の御法度。髪の毛を染めることももちろん禁止。寄宿生は、携帯電話も自習時間も含んでスケジュール通りのアクティビティが、すべて終わったあと就寝する前のほんのわずかな時間にその使用が許されている、という状態です。

また、大人への礼儀にも厳しく、無礼な態度や言葉使いはすぐDetentionといって、罰則の対象となります。

不自由な中での自由を楽しむ、という学生本来の生活がまだきちんと機能している、と言ったらいいでしょうか。私は子どもたちに過剰な自由や権利を与えすぎるのは不健康、と思っているので、こういったEPWORTHの校風はとっても気にいっているのです。

子どもたちが「あ〜、早く大人になりたい。大人になって、自分のお金が稼げて、自由にいろいろなことをしたい」と切実に願わせることこそが、大人になりかけの子どもたちを大人の社会へ上手に導くひとつの方法だと信じているからです。

さて、そんな寮生活を送る子どもたちですが、週末は家が近い子どもたちは帰宅します。問題はヨハネスブルグやケープタウンといった南アの他の地域からこの学校に来ている子どもたちです。

ショウコは以前からこういった遠いところから来ている友達を週末に家に招待しているのですが、今回は何と総勢8名!の友達を引きつれて帰宅しました。もちろん、送り迎えは親の責任なので、「今度ね、ロレットと、ナレディと、タッツィと、……いろいろ連れてきていい?」というショウコの“お願い”に承諾は出していたのですが、さすがに総勢8名を二晩預かるのは、ちょっと2、3名のお泊まりとは違いました。

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肌はつやつや、スタイルも抜群、みんながモデルさんのよう!


でも、そんな苦労を吹っ飛ばしたのは、彼女たちの楽しそうな笑い声でした。本当に「フォーク?が転がってもおかしい」お年頃……。にぎやかでしたよ〜。また、今回の8名は全員が黒人の女の子たち、というのも私にはとっても愉快なことでした。

Epworthは私立の高校ですので、寮費も含めた学費は年間で100万円かかります。これを子どもの教育費にかけられる南ア人家庭はかなり裕福な層に入ります。ですから、この女の子たちの屈託のない笑顔や堂々とした態度は、裕福な環境で育まれたものだとは思うのですが、それでも、南アの将来にこの女の子たちがどれだけの活躍をするのだろう、と想像するだけでわくわくします。

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陽気な彼女たち。近くのショッピングセンターへ出かけた帰り道、
バッテリーがおかしくなって、助けを待つ間もダンスが始まりました。


彼女たちと食事を囲みながらいろいろ話をしました。私は彼女たちに聞いてみたいことがあったのです。

「自分の肌の色が違ったらよかった、と思ったことはある?」

すると、全員が、

「ない!私たちは自分が黒人であることが大好き!」

と声を揃えます。うん!とっても明快、痛快!

それでも、一人の子が、

「う〜ん、でももっと小さいときは白人に憧れたこともある。だって、髪の毛がね、私たちは面倒くさいのよ」

には、みんなも大爆笑。黒人の女の子の髪の毛はお手入れにものすごく時間がかかるそうで。

でも、人種差別がまだまだ社会的に残る南アの社会です。もう一つ突っ込んだ質問をしました。

「白人や他の肌の色をしている男の子とデートしたり、結婚したりしたくはない?」

すると、南ア人ではない、ルワンダ人の父、レソト人の母を持つタッツィが、

「私たちが彼らに興味を持っても、白人の男の子は私たちを彼らの恋愛の対象には見ないの」

と言うではないですか。

う〜ん、こんなことをこんなに可愛くて、家庭環境も申し分のない、10代の女の子が考えているのか、と複雑な思いになりました。

私は、「あのね、残念ながら、人種差別がここまで残っているのは南アの特徴なのよ。だから、あなたたちが南アを離れてみると、世界の大きな都市ではどれだけ、異人種間のカップルが増えているかが納得できると思う」と伝えました。

この他、彼女たちの両親がどれだけ躾に厳しいか、なども具体的に例をあげて話してくれたり、彼女たちの親の中には、「あれだけ文化の違うインド人とだけは結婚しないでくれ」と言っているとか、夜が更けるまで延々とにぎやかにおしゃべりは続きました。

そして、ふと、ショウコはまたどうしてこんなに黒人の友達が多いのだろう、と思い、ショウコのことをどう思っているかを聞いてみました。

すると、全員が声をそろえて、さっきよりももっと大きな声で、

「ははは!ショウコはね、黒人なの!私たちの一人よ!」

と言うではないですか。

私は、「ほぉ〜」と、感心せざるを得ませんでした。白人の友人が、「ショウコは白人の一人よ」とは決して言わないでしょう。

が、黒人のこの子たちの文化というのは、これに表現されるような大らかさがあるのです。アフリカに魅了される多くの非アフリカ人が共通して称賛するアフリカの懐の深さです。

私は「それじゃあ、ショウコは“名誉黒人”ってこと?」と聞くと、ショウコを含んだ全員が、満面の笑顔で「それいいね〜!」

黒人を差別した“名誉白人”は嫌だけど、大好きな友達がくれる“名誉黒人”なら喜んで!というわが娘とそれを見つめる友達。「いいなぁ」と心から思いました。

ショウコに、「ショウコも黒人だよ、と言ってもらえることをどう思うの?」とさらに聞いてみました。

「受け入れてもらえたって感じるよ」

15歳という多感な年ごろで、家族のように身近な存在の寮の友達に「受け入れてもらっている」という感情を与えてもらっているショウコは何とシアワセな少女でしょう。ショウコの持ち込む日本文化も楽しみながら、彼女たちはゆっくりと成長しています。

南アの黒人が経験してきた厳しい過去を乗り越え、でも、しっかりとアフリカの逞しさ、大らかさを備えている若い世代の成長が、なんともまぶしい週末でした。

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初めての「手巻き寿司」。おさしみもぺロリ。
でも、一番のお気に入りはツナマヨでした。お箸にも初挑戦!

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by yoshimuramineko | 2009-11-09 18:11 | 萱葺きの家から

南アで入院 その2

「入院中、あなたは病院のプロパティ(所有財産?)ですから、事故防止のために移動はすべて車イスになります」と宣言されて驚きましたが、初めて私は車イスに乗る側になったことを意識しました。

幸いなこと、これまで車イスを押しても、自分が乗って押されたことはなかったのです。ドリームセンターの患者さんの車イスはずいぶん押しましたが……。

さて、南アで入院した場合、手術室を使う、病室を使う、また看護師の医療行為を含む“業務”はすべて病院がしていることになり、病院から請求書が届きます。そして、この他の“医療行為”は、執刀医、麻酔医、検査医療など、すべて別々に費用がかかり、それぞれが個別に請求書を発行することになります。

そして今、今回の手術の請求書が続々と届いているのですが、びっくりしたのは、とにかく、「高い!」ということ。

ほとんどすべてが医療保険でカバーされるとはいえ、たとえば、この車イスでの“移動”に伴うサービスも含んだ病院の費用が、日本円で約10万円です。

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たったの一泊、しかも4人部屋だったのに。う〜ん、でもこれは、最初に言われていた金額の約4倍なので、いまどうしてこんなに請求額が高いのか調査をしてもらいました。すると、ベッドと食事代で約2万円、手術室の使用料が何と15分刻みごとに約2万円、今回は45分の使用で約6万円ということでした。その他、器具の使用料、薬代などというもろもろの費用がかかり約10万円という請求だったのです。私が最初に言われたのは、部屋代と食事代だけだったことが分かりました。

この他、麻酔医の費用が2万8千円、執刀医の費用が3万2千円。病院内でしたCDスキャンが2万円。なんと、このシンプルな手術に、18万円以上の費用がかかっていることになります。

う〜ん、これだけ専門医以外の人間の人件費が安い国で、これはやはりおかしいと思います。で、私がもっとおかしいと思うのは、私が話す南ア人の大半が、「本当に高い、保険がカバーしなかったら、どうするんだ」と憤るのに、私がこの費用のことを調査してもらった、と言うと、皆が口をそろえて、

「どうして?保険がカバーするのに?」

と言うのです。う〜ん、私は納得いかいことはきちんと答えが出るまで調べないと、安らかに眠れない人間なので、こういうことも「まあ、いいか」にはできません。

そもそも私は、無駄なお金を使うことが嫌いです。ただ、事業をしている家庭に育ったので、適正な必要経費に関しては、「使うところは使う」という考え方は叩き込まれています。また、若い人たちにご馳走したり、我が家でパーティをしたり、ということも頻繁にする方でしょう。

でも、自分のいままで使ってきたお金がすべて無駄なく効率的か、というとそれはまったく別次元の問題です。私が“必要”と感じる出費は、効率的か非効率的かだけでは判断してきていません。実際、それが自分の直接的に責任のないものであっても、自分が負担することを納得できるのであれば、それはそれでよし、としてきています。

私のこんなお金に関しての考え方は、知り合いからでさえ誤解されることもあります。中には、私が、もう有り余るほどのお金持ち!と思っている人もいるくらいです。ふふふ、私のお財布が底なしだったら、もっともっとやりたいことはあるのですがねぇ。

それでも、それでも、無駄使いは好きではありません。そして、それは、自分のお金も、政府のお金も、そしてこういった個人保険会社のお金でも同じことなのです。お金を無駄使いしないことも、お金の価値を生かすのにとっても大切なことだと思うのです。

実はいま、南アでは日本のように国民皆保険が導入されようとして、毎日メディアのニュースになっています。これは米国のオバマ大統領も公約に掲げたこの政策を実施しようと奮闘されていますね。先進国の中で、どうやら国民皆保険がないのは米国だけだそうです。

実は、南アはある面、米国ととっても良く似たところもあるのです。両国がこの問題をどう発展されていくかは、とっても興味深いです。

国民皆保険は、究極の“助け合い”なのでしょうね。しかし、この「健康な人が病気になった人を支える」ということを国のレベルで実行するのは、確かに大変なことだと思います。少し前のCNNのニュースで、国民皆保険に反対するある米国人女性のこんな声も流されていました。

「私は自分で一生懸命働いて、保険も払い、自分の人生に責任を持ってきている。その私がどうして働きもしないでお酒を飲んでいるアル中の人の医療費を負担しなければいけないの?」

この女性の気持ちはよ〜くわかります。自分だって余裕もなく、精一杯働いていたら、こう言いたいのも理解できます。そうだよね、そうだよね。

でも、でも、それでも、私は、「自分が働けるシアワセをほんの少し分けること」もあってもいいのではないか、と思うのです。

それに、誰にでも、突然の病気や怪我は起こりうるものです。だからこそ、自分の負担できる費用を払い、相互扶助ができるようにする、というのは私にはとっても納得のいくシステムなのです。「お互い様」という考え方は説得力があります。

南アでは、国民皆保険の導入に際し、現在プライベートの保険に加入している人も強制的に国民保険に加入しなくてはいけない、という法律を通そうとしています。これには強固に反対する人も多く、連日報道もされています。

でも、私は、助け合いの精神がなかったら、社会そのものがうまく機能していかないと思うのです。

オバマ大統領、ズマ大統領、がんばれ!

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看護が付いているとはいえ、一泊二万円の病院の朝ごはん。
お味は、う〜ん、おかゆが欲しかったなぁ。

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by yoshimuramineko | 2009-10-05 21:10 | 萱葺きの家から

南アで入院 その1

一泊二日の南アでの入院を終えて自宅に戻っています。

手術そのものは迅速で術後の痛みもほとんどなく順調でした。が、その結果は、というと……。

はい、大変残念なのですが、目の焦点はいまだに以前のように完璧には合っていません。ちょっとよくなったかな?とは思うのですが、手術によって劇的に症状が好転することにはなりませんでした。

う〜ん、やはりねぇ。だって、そもそも焦点が合わなくなったのは、あのテレビを頭でなぎ倒してからなので、副鼻腔炎はややその関連性が乏しかったような……。

まあ、でも、私は過ぎたことをあれこれ悩むような複雑な性格をしていないので、担当医に「オヌシ、違ったのぉ〜」とは言いませんでした。が、まあ、副鼻腔は確かに膿をさっぱり出してもらったので、ここからくるであろう将来の不都合からは解放された、と思うことにします。

さて、今週は、南アフリカで病院に入院するための手続き、そして実際に入院してからの様子をお伝えしましょう。

まず、南アは国民皆保険などがないので、入院するとなると、お金のない人は公立の病院にお世話になるしかありません。が、南アの公立の病院は基本的にお金のない人は無料なので、とにかく設備は古いし、医療スタッフの数も足りません。ベッドも足りないので、ひとつのベッドに複数人が寝かされることもあるのです。残念なのですが、時折、廊下などに尿やおう吐がそのままにされていることもあって、衛生的にかなり問題もあります。

ですので、私立の医療保険を払うことのできる収入のある層は公立病院をあまり利用しません。南アでも、大きな会社などは、会社と個人が折半でこの私立の医療保険に入っている場合が多いのです。

ただ、保険料が高額なので、多くの人は、「入院プラン」といって、入院加療が必要な時に、保険会社がその費用を全額保証することになっているプランを選択します。このプランでは、風邪などひいたときにお医者さんにかかるのは自費扱いとなります。GP(かかりつけ医)の診察料は一回、2500円くらいです。薬代がその他に1000円程度はかかるでしょう。

私たち家族は今年医療保険の会社を変更しました。現在私たちが入っているプランは、この「入院プラン」に「年額8万円までの治療費」および「歯医者の費用」が出るというもので、月額4人分で約3万円弱の保険料がかかっています。また、生活習慣病のある人は、その薬代もほぼ全額負担されます。

月額3万円は日本の感覚から言うとそう悪くはないのかもしれません。が、40歳前後の学校教員の平均的給与が月額よくても12万円相当では、これは半額だとしても家計を圧迫する金額になってしまいます。

さて、入院手続きに戻りましょう。

まず、医者から、「入院加療が必要です」と言われたら、患者は自分で以下の手続きを取る必要があります。

?医者の指定する病院に赴き、入院前手続きをする。医者からの連絡が届いているかを確認して、空ベッドを確認する。

?加入している医療保険と連絡を取り、入院の許可をもらう。その時に、医者の登録番号、必要な手術のコード番号などを伝える。入院承認番号を確認する。

?手術に必要とされる他の手続きを確認する。たとえば、レントゲンやMRI、麻酔医などの費用なども予め確認しておくとよい。これらの処置や麻酔医の費用などは別個に請求されるため。

これらが、すべて平日に行うことができれば比較的スムーズなのですが、緊急時のときはややこしいことになります。平日の営業時間以外はすべて電話での録音対応となるので、この入院承認番号などが確認できていないと、いざ病院についても、延々と待たされることもあるのです。

実際、母が脳卒中を起こしたときも、携帯電話でこの入院手続きを行ったのですが、途中まで承認番号が取れないことで、MRIをしてもらうことに大変時間がかかり、かなりケンカ腰の対応をしなくてはなりませんでした。

もしも、これをするのに、英語力が足りなかったり、本人が一人で体調が悪い中手続きを進めざるを得なかったら……。なかなか大変です。

さて、私はこの手続きをした次の日に入院をすることになっていました。指定された朝10時に病院に行くと、言われたことはすべて準備をしていたはずなのに、執刀医からの書類がひとつ足りないということで、受け付けで待つこと1時間。CTスキャンの予約が12時に入っていたので、ちょっといらいらしました。

でも、待つ間に、知り合いの南ア人に2組にも会ってしまいました。みんなが、一人で入院をするために待っている私に驚きます。

「これから手術?誰も付き添いなしで?」

これを聞いて私の方がびっくり!だって、こんな簡単な一泊で済む手術に、付き添いなんて思いつきもしなかったのです。

南ア人、う〜ん、ちょっと感覚が違うのかなぁ。

で、めでたく病室に連れていかれて、自分のベッドに横になっていると、胸に“学生”と名札をつけたスタッフが、私の情報を丁寧に聞き取りにきました。これが、正式の入院手続きでした。ベッドサイドでゆっくりと必要項目を書きいれていきました。

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看護学生のシャーロットさん。まだ21歳です。


南アで看護師になるためにはいろいろなルートがあるようで、彼女は、働きながら資格を取るルートを選んだそうです。彼女のカリキュラムは4年間で、毎月一週間連続で講義を取り、残りの三週間は週42時間の仕事をするそうです。看護の様々なことが実践でわかるので、とっても勉強になるそうです。3年生からは、この週42時間の労働にもきちんと賃金が支払われるようで、とっても助かる、と言っていました。

こんなことを話ながら、自分の情報を提供していると、「CTスキャン室に連れていくから車イスに乗ってくれ」と、お兄さんが来ました。「えっ、歩けますよ」とびっくりすると、お兄さんが首を振りました。

「入院中、あなたは病院のプロパティ(所有財産?)ですから、事故防止のために移動はすべて車イスになります」

「ひょえええええ〜!私が病院の所有物?」と驚きました。

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この続きはまた来週!
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by yoshimuramineko | 2009-09-29 04:09 | 萱葺きの家から

明日、手術を受けてきます!

焦点の合わない私の目、意外な展開になってきています。

実は、先週のコラムで検査の結果は「異常なし」と書いたのですが、頭でテレビをなぎ倒したこととは到底関係あるとは思えない、“ある病状”のことは、指摘されていたのです。

MRIの検査によると、どうやら私は “副鼻腔炎”を起こしているようなのです。

でも、テレビをなぎ倒してこれが起きるとは思えない、と耳鼻咽喉の専門医も首を傾げていました。偶然にこれが同時に起こったでしょうか?

「でも、目の焦点が合わないのが気に食わない」とドクター。

「う〜〜〜ん、でも、鼻が詰まるとか、何の症状もないですが」と私。

二人で、「う〜〜〜ん」としばし5秒ほど、シンクロするように考え込んだのですが、ドクターがこう言いました。

「一週間様子を見ましょう。その間、抗生剤を服用してください。来週、もう一回診察して、もしも、抗生剤で炎症が治まっていればいいのだが……。もしも、ダメな場合は手術でその部分をクリアにすることも考えましょう」

私は「抗生剤を飲むのか、いやだなぁ」とは思いましたが、まさかこんなことで手術などなるわけはない、抗生剤できれいになるだろうな、と思いました。それに何よりも、目の焦点はいまだにはっきりしないので、やはりここは何かの治療をしたほうがいいのだろう、とドクターの指示に素直に従いました。

そして、抗生剤も真面目に服用し、今日が二回目の診察でした。

私は意気揚々と、しかも余裕さえ持ってこう報告しました。

「抗生剤はあと一日半で終わります。目はずいぶん良くなってきました。朝起きてから4時間くらいなら、どうにかPCにも向かっています。まだ完全に合うようにはなっていませんが、まったく見えないことはありません。でも、夜など、疲れると文字は見えなくなります」

すると、ドクターは、「えっ、まだ夜に文字がきちんと見えない?」と顔色を変えたのです。そして、長細い器具を使って、私の鼻をじっくり診察しました。

すると、何と、先週は見えなかった炎症している部分がかなりはっきりしてきていて、何やら流れ出している膿まで見える、と言うのです。

「明日手術します」

と言われて、私は、「ひえ〜、明日はもう予定が詰まっています。来週でもいいですか」と聞いてしまいました。

すると、穏やかなドクターなのですが、きりり、と顔がしまって、

「ここは、脳にも視神経にも近いところなので、処置はすぐの方がいいです。明日します、いいですね!観察のため、一泊入院もしてもらいます」

と言われてしまいました。

と、ここまではいいのですが、さあ、南アの入院事情といったら!

ああああああああ、もう本当に大変なのです。このことは来週また、すっきりと焦点の合った目で原稿を書いてご報告いたしますね。

そうそう、処置はすぐの方がいいとは言え、手術自体は簡単なものだそうで、どうぞ皆さん、ご心配なく!

でも、ふふふ、調子に乗った私は、私のニューヨークの妹分・渡辺葉ちゃんのブログに心揺さぶられ、「明日は半日断食だ〜!葉ちゃんのおススメこのイチジクサラダを食べて元気になってがんばるぞ〜」とイチジクを生のものと乾燥したものを買い込んできました。

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普通はちょっといまの時期の南アではお値段のはるイチジク。どうしようかな、と思いながら買わずにいたのでした。

それではまた来週!
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by yoshimuramineko | 2009-09-22 23:09 | 萱葺きの家から