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エジプトのこと、NHKのこと

連日、国際社会では、30年以上もその独裁政治が続いていたエジプトの騒乱に大騒ぎをしています。

南アのテレビでも、今週に入ってからは少し落ち着いてきたものの、先週以来、連日トップニュース扱いでした。

それは、南アにとってエジプトは陸続きの国だから?

いいえ、違います。同じアフリカ大陸にあるとはいえ、エジプトなどの北アフリカにあるアラブ圏の国々は、南ア人にとっては遠い存在です。

でも、例えば、今日耳にしたラジオのニュースではそのキャスターと、英語圏ではとっても人気のあるソーシャル・ネットワーキングのサイト、“フェイスブック”でコンタクトを取り合っていた、というエジプト人の若者が生電話出演をしていました。

そのエジプト人の男性の話によると、最初は一連の騒乱に「自分には関係ない」と構えていた若いエジプト人たちも、今では、かなり深く関わり始めている、ということでした。

また、ムバラク大統領寄りの政治団体によるデモに参加している市民への暴力のひどさにも言及していました。

騒乱とか、戦争とか、混乱の中で人の命がとっても軽く扱われてしまうのがとってもつらいです。

どんな世の中だって、一生懸命につなぐためにあるのが“命”のはずなのに、混乱の中では「仕方ない」と思われているかのように、多くの人が命を落とします。

でも、その命を落とす人って、昨日まで、いや、極端な話、さっきまで私たちと同じように、コーヒーを飲んだり、お料理をしていた人たちなんですよね。

つまり、いる場所がちょっと違うだけで、そんな運命にぶち当たってしまった、ということに私は思えて仕方がないのです。

実際、私はあっという間に戦場となってしまった、西アフリカのリベリアに、戦争が勃発する時期に住んでいたこともあるので、いかに関係のない一般市民が、「あれよ、あれよ」と言う間に、こういった大きな暴力の犠牲になるかを目の前で見てきています。

本当に、本当に、まったく戦争などに関係のない、普通の人間が自分たちの日常を奪われる理不尽さはここで私がどう書こうが、表現でききれるものではありません。

運命は残酷です。

さて、このラジオに話を戻すと、このラジオ局、通常は音楽を流しながらニュースとか、交通情報とかを時折入る、極めて普通の番組構成が売り物です。

そして、通常であれば、著名人のインタビューが入ったとしても、せいぜい5分くらいなのに、この無名のエジプト人の青年の話は、コマーシャルで区切ることもなく、少なくても15分は続いていました。

これはいろいろな面で画期的なことです。

まず、この男性がこの番組に出演するきっかけが、“フェイスブック”だということ。

今回のエジプトやチュニジアの政治に関するデモには、このフェイスブックやTwitterといった新しいメシアが人々を集めるのに役に立っているようです。

こうやって新しいメディアの形が社会に馴染んでいくのだなぁ、と思います。誰にでもオープンである、というところが嬉しいですね。

私は、日本のソーシャル・ネットワーキングのことはあまりよく知らないのですが、このデジタル音痴の私でさえ、子どもたちやら友人やらにせつかれて、自分のページをフェイスブックに持っています。

といっても、と〜〜〜〜ってもたまにしか更新しないので、あまり活用しているとはいえませんが。

でも、言ってみれば、仕事とはあまり関係なく、どこの組織、ということに拘るわけでもなく、個人個人が情報を“友達”に向けて発信し、それが大きな波になっていることに新しい時代を感じます。

それから、この南アで、ラジオにエジプト人の男性の生の声が15分以上も響いた、ということもすごいことなのです。

南アは、あまりにも経済格差が広がっているため、人々は自分の友人関係を積極的に広げようとしません。自分と極端に違う経済状態にいる人とどう向き合っていいかわからない、と言う人が多いからです。

そうすると、自分の周りの人間は同じような境遇の人ばかりになってしまいます。南ア人にとって、人と“違うこと”は、あまり快適なことではないようです。

だからこそ、このラジオで、一人のエジプト人の青年が生の声で自分たちの今おかれている境遇を率直に話す機会を与えられた、というのは、ものすごい意味を持つのです。私の周りにいた何人かの南ア人が、それぞれの運動を静かに続けながらも、耳はしっかりラジオに集中していることがよくわかりました。

世界のこういう大きな流れをいろいろな場所で共有することこそが大切なんだと思います。

が、ここで一言、日本のNHKには苦言を呈しておきましょう。

我が家の居間には二つのテレビがあります。一つはNHKの衛星放送専用。もう一つはローカルチャンネルとBBCやCCNなどのためのものです。この二つを同時につけることはいままでほぼなかったのですが、今回、このエジプトの騒乱時は、ありとあらゆる情報が欲しかったので、同時にこの二つをつけていました。

ところが、NHKは、騒乱が始まったばかりの時でさえ、このエジプト関連のニュースがトップニュースになることはあまりありませんでした。

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向かって右がNHK、左がBBC。
「いくらなんでも、12月の歌番組の再放送はないだろう!」
と、テレビの前で抗議してしまいました!


これは、大変残念なことだと思います。NHKには、ジャーナリズムというジャンルの使命感はもう無くなってしまったのでしょうか。

「公共放送」という役割を担っている以上、私はNHKが、英語ではなく、しっかり日本語で、子どもたちに、

「これはこういう背景から出てきた騒乱です」
とか、
「この戦争は日本にはこういう関わりがあります」

と、世界のあらゆるニュースに、正面からの直球勝負のような状態で存在して欲しいと思っているのです。

先進国の環境とは違い、途上国に住む私たちのような家族にとって、日本のメディアからの発信を聞く機会は限られています。まして、文字ではなく、音声で聞くことのできるテレビのニュースは貴重です。

NHKには、“世界の動きの中にある日本”を意識した上での、「日本の声」を期待したいのです。
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# by yoshimuramineko | 2011-02-09 04:02 | 萱葺きの家から

ネルソン・マンデラ氏の入院

先週、南ア国内がかなり深刻なムードに陥りました。

それは、南ア初の全人種参加の民主的な選挙で選ばれた、南ア元大統領、ネルソン・マンデラ氏が入院した、というニュースが突然メディアに流されたからです。

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「家に帰れて嬉しい!」というキャプションが。
この写真は、2010年ワールドカップの開会式の直前に亡くなった
孫娘のお葬式のときの写真。憔悴しているのはそのため。


朝のテレビニュースでも、アナウンサーたちが、

「皆さん、落ち着いてください。マディーバ(マンデラ氏の愛称)はまた生きています。生きています!」

と連呼していたのも、余計に人々の不安を誘ったような気がしました。

週末で帰宅していた娘の話によると、

「マディーバは、もう今晩家族に囲まれて、家で亡くなるために退院したのよ」

とさめざめ泣いている女の子たちもいたとか。

ネルソン・マンデラ氏のことは、以前にも記事にしていますが、彼の存在というのは、南ア人にとってそれは、それは特別なものなのです。
 
去年の映画、モーガン・フリーマンがマンデラさん役を演じた、Invictus をご覧になった方もいらっしゃると思いますが、映画の中で描かれていた彼の人物像はかなり正確で、マンデラさんに寄せる人々の敬愛は、一人の政治家、という枠をはるかに超えています。

かくいう私もマンデラさんを尊敬してやまない一人なのです。私にとって、南アに住む幸せの一つは、マンデラさんのいま生きている南アにいられるということがあるくらいなのです。

マンデラさんの92年の人生で驚嘆するのは、彼の人生に対する姿勢です。どんな状況にあっても妥協せず、そのくせ、しなやかで無理がない。

マンデラさんの法律家、アクティビスト、政治家、としての数々の業績もすごいのですが、それ以上に世界中の多くの人々を魅了するのは、彼の自然で、茶目っ気のあるお人柄にも原因があると思います。

ただ、今回、南ア中が大騒ぎになったのは、マンデラさんの病気そのものだけではなく、もうひとつ理由がありました。

実は、マンデラさん、政治家を引退してからも、彼にいろいろ役職やら、顧問やらをして欲しい人たちは星の数ほどもいるわけです。そういった人たち、団体は、マンデラ氏にコンタクトを取ろうとすると、ネルソン・マンデラ財団に話をつけなくてはいけない仕組みになっています。

この団体が、今回の混乱の源ともなっているようなのです。

マンデラさんをサポートし、世界から集まってくるお金を、マンデラさんの心に近い子どもたちのためのチャリティに回すのがこの財団の役割なのですが、そこにはどうもいろいろな権力の争いもあるようなのです。

つまり、マンデラさんの病状などをメディアに報告するのは、我らの仕事、という主張があったわけです。

ところが、南アの法律によると、マンデラさんは南アの元大統領ですから、実は防衛省の大臣がこの役割を担っている、という法律があるわけです。

マンデラさんが入院したのは、実は先週の月曜のことでした。

その時、メディアに流れたのは、この入院はただの健康チェックのため、ということでした。

ところが、この入院が2泊となったころから、周りが騒ぎ始めたのです。

「マディーバに何かあったのでは?」

という不安は、現在92歳の年齢を考えれば当然のこと。

でも、財団も政府も彼の病状については、一切のコメントを発表しません。

これが、皆の不安に火をつけたのです。

折も折、ちょうど、南アの現大統領、ジェイコブ・ズマ氏はスイスのダボス会議に出かけていて留守。

結局、木曜日に、副大統領が記者会見をして、一連のマンデラさんの病状への不安を取り除くためにこれまでの経緯を国民に報告しました。

それによると、マンデラさんは、家族で一緒にいたケープタウンで、肺に炎症が起こり、軍の病院に入院しました。そこで担当の医者が、病状を心配してマンデラさんにいつものヨハンスブルグの主治医の元に戻ることを提案したのでした。

そこで、急きょ、ヨハンスに戻り、いつもの病院に入院したのが月曜のことでした。

その間、メディアは結局、真実は知らされていなかったわけで、この病状を「隠された」という思いがメディアの論調に明らかでした。そうすると、一般の人間は、もうそれこそ、マンデラさんがもう「亡くなった」というようなムードになってしまったのです。

木曜日、公式にマンデラさんの入院を認めたあとでの副大統領のコメントは以下のようなものでした。

「マディーバは生きています。生きて、元気にキックしています」

英語で「キックしています」というのは、日本語にすると、「ぴんぴんしています」というニュアンスでしょうか。

また、彼は、こうも言及しました。

「はい、情報の流され方に問題がありました。反省点もあります」

う〜ん、これは、政治的にかなり大掛かりな駆け引きがあったような雰囲気です。

情報を誰がどう発信する、ということを改めて考えた一連の報道でした。

マンデラさんの回復を願うばかりですが、なにぶんにもご高齢です。静かに穏やかな空気の中でゆったりと過ごされていることを願っています。

でも、彼の周りには、彼の大好きなマルシア夫人や、有能な秘書さんたちが控えていて、ここでも、お茶目なマンデラさんが安心しきっている顔が浮かんできて、こんな大変な時でさえ、私はどこか暖かい気持ちにもなれるのでした。

お知らせ
空色庵も更新しています。
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# by yoshimuramineko | 2011-02-02 04:02 | アフリカの政治

もしもあなたがTCKだったら ……

今年始めのこのコラムで、ショウコが自分のパートナーには、自分と同じようなバックグランドを持つ、Third Culture Kids がいい、と言っていることをご紹介しました。

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個人メールで何人かの方から、

「Third Culture Kidsが直面した厳しい現実も知りたい」

と、具体的にご要望をいただいたので、今日はそんなお話しを紹介しましょう。

繰り返しになりますが、Third Culture Kids とは、親の都合によって、生まれ故郷を離れ、まったくの異文化で新しい言葉や生活様式を否応なしに受け入れざるを得なかった子どもたちを指します。

一見、これはまさに彼らは、地球が狭くなっていることの象徴のような存在で、真の意味での“地球人”となれる環境を偶然に与えられている、ということも言えるかもしれません。

しかし、現実はそんなに簡単でも、快適なものではないのです。

前回のコラムにもユーザーの皆さんからコメントをいただいていますが、親の都合で自分の住み慣れた場所から、言葉も文化もまったく異なる環境に身を投じることを余儀なくされた子どもたちの対応やその後の影響は、想像を絶するくらい厳しいものがあるのです。

その環境に適応できない子どもたちだってたくさんいます。もちろん、祖国以外の環境の方が自分に馴染み、生き生きと生活を送れる子どももいます。

つまり、異文化に適応する、というのはお決まりの方程式があるわけではなく、本当にその子一人ひとりが一つ一つ乗り越えて行かなくてはいけないことの連続なのです。

そして、それには親、教師、友達の支え、理解、愛情が欠かせません。でも、こういった条件を揃えるのは本当に難しいのです。

我が家の場合、親である私たちに英語に不自由がないし、母親の私が教育者としての知識があるのだから、環境的には問題なかったのでは?と思いますか。

それはとんでもない誤解です。

子どもたち二人とも、特にカンジは彼の性格もあって、高校までいくつか通った学校では必ず何人かの先生たちと折り合いがつかず苦労しました。

特に南アの彼の通った高校の4年間は人種差別も激しかったのです。

今思えば、よく学校へ行くこと自体を放棄しなかったよね、と彼を誉めてあげたいくらいです。

カンジは、頑固なこともあり、彼を理解してくれる先生たちからは、彼の個性を評価してもらえるのですが、その逆になると、どう考えても“いじめ”あるいは“人種差別”の攻撃の対象になってしまうこともあったのです。

彼が最終学年の時、一人の白人の女性教師がことごとく彼を敵対視していた時期がありました。

ある日、その教師が、風邪をひいていた彼の使用したティシューを屑かごから取りだすようカンジに命じました。彼女の教室の中から、カンジの持つ“バイ菌”を排除するように、と大勢の生徒の前で言われたのです。

カンジは幸いにも、この時、逆上して攻撃的にならず、その場は冷静に行動し、それを私に報告してくれたのです。よって、私は学校側に厳重に抗議し、彼女をカンジの人物評価をする教師の一人から排除することを主張し、要求が通りました。 実はこの教師はカンジの担任の教師だったのです。

実は南アでは彼女のこの行為は明白な人種差別にあたり、私たちが望めば、この教師を法によって裁いてもらうことも可能でした。でも、それはあまりにも時間がかかるプロセスなので、そんなネガティブなことに時間を割くつもりはありませんでした。

でも、南アの社会で暮らしていく、ということを高校生の息子と一緒に考えながら行動できたことは、それはそれでよい経験でした。

もちろん、母親として、その状況を最初に聞いたとき、髪の毛が抜けるのでは?と思うほどの怒りの感情が湧いてきて、夫や子どもたちに「お母さん、落ち着いて!」と諭されましたが。

これは我が家の子どもが経験したひとつのデキゴトです。

悔しいですよね。でも、これは社会全体から受けたことではないので、南アの社会そのものへの不信感へとはつながりませんでした。

個人からのいやがらせと社会の枠組みからくる圧迫感を冷静に識別することが、こういった環境の中で生きる上で大切なことだと思っています。

だから、私や夫にとっては、このくらいのことでは、異文化の中で暮らしていくおもしろさと交換するわけにはいかないのです。

でも、だからといって、子どもたちが私の意見に賛成するかしないかは別問題。彼らに聞いてみました。

「う〜ん、そんなこと言われたって、その他の世界は知らないわけだしさあ。質問自体が変だよ、お母さん」

ですって。

「でも、大人になったボクがどういう人生を送りたいか、はボクの選択だよね。大学に入る前はずーっとダーバンにいたかったけれど、いまはアフリカ以外の場所に住んでみてそれからまたアフリカに戻ってきたい、と思っている」

ということです。

日本とアフリカを行き来しながら育った彼らが、ここダーバンに移住してから丸7年の時間が過ぎました。

彼らの育つ環境は親の責任であるわけで、言ってみれば私は彼らにいろいろしなくてもいいような不愉快なことも経験させてきたわけです。

でも、いまの彼らを見ていると、自分の目の前の課題やらチャレンジやらから決して逃げることもなく、文化や意見の異なる人とも話ができ、何よりもどんな小さなことにも感謝できる人たちに育っていることが私はとっても嬉しいと思っています。

でも、人が、一つの文化の中で生きて行く、という選択をしても、それはそれで尊重されるべきもの、と心から思います。

私がこういった人生を選択しているのは、たまたま、「違っていることはおもしろい」と感じだけのこと。そして、日本以外で自分が活躍できる場所を見つけられた、ということだけなのです。

自分の子どもたちも、自分の居場所と決めた社会で求められる人間となることができたら、それに勝ることはないと思います。

最後に、このTCKたちのことで、いくつかの面白い定義があります。今週は、もうずっと前に、友人から回ってきた、「こんな表現が身近に思えたら、あなたはインターナショナルスクール出身のはず……」というリストを少々抜粋してご紹介しましょう。

英語圏出身の子どもたちは、それでも、学校は少なくても母語の英語で授業を受けることができるので、非英語圏出身の子どもたちに比べたら、その環境はちょっとまだいいのかもしれませんが……。

1) You can't answer the question: "Where are you from?"
「あなたはどこの出身?」に答えが詰まる。

2) You speak two (or more) languages but can't spell in any of them.
2〜3の言語は話せる。でも、どれも書けない。

3) You flew before you could walk.
歩く前に飛行機に乗っていた。

4) You have a passport, but no driver's license.
運転免許はないがパスポート保持者。

5) You run into someone you know at every airport
世界のどんな空港でも知り合いに会う。

6) You have a time zone map next to your telephone.
電話の横には世界の時差表がある。

7) Your life story uses the phrase "Then we went to..." five times (or six, or seven times...).
これまでの人生を語るとき、「それから、○○○に行って……、」が何回も続く。

8) You speak with authority on the quality of airline travel.
飛行機の旅行に関して権威をもってうるさい。

どうですか?全部が当てはまる人いますか?そうだとしたら、あなたも間違いなく、Third Culture Kidsのはず!

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# by yoshimuramineko | 2011-01-25 05:01 | アフリカの学校と子どもたち