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秋山先生から教えていただいた“あること”とは、実は、よく考えてみれば、当然のことなのかもしれません。ちょっと勇気は要りますが。
“あること”とは、人に褒めてもらったり、人を褒めたりすることを、素直に受け止める、誠実に実行する、ということです。 秋山先生が、ご著書を出されたときのお祝いに伺った席で、 「峰子さん、人はね、何歳になっても、褒めてもらうのって、本当に嬉しいのよ」 と、たくさんの花束に囲まれて微笑みながらおっしゃっていました。 私はそのとき、こんな著名な方がなんて素敵にご自分のことを話されるんだろう、と感動していたのです。そして、「ああ、褒めてもらって嬉しいのは、子どもも大人も変わらないんだ」ということを実感し、この“褒める”ということを、私たちが毎日の生活の中で、もっとたどしどし実行していくことが必要だなぁ、とつくづく思いました。 そして、このとき、「私もこれをやって行こう!」と決心したのです。 日本の文化では、謙遜という文化があって、自分が褒められたら、「いいえ、とんでもありません」と自分を卑下するのがよし、とされていますね。まして、自分の子どもや家族のことを褒められて、「そうなんです!」と膝を打ったら、その人の見識を疑ってしまう、というような感覚も確かにあると思います。 でも、私は、このコラムによく登場させる自分の息子や娘のことがとっても好きで、「本当にいい子たちだなぁ」と正直、感心して、それを文章にさせてもらっているのです。こんなことができるのも、私が、もうかなりのずうずうしい年齢になっていることと、秋山先生の「いいのよ、正直に自分の心を表現なさい」というありがたい励ましに支えられているからです。 そして、「ああ、この人に何かしてあげたい」という応援の気持ちをさらりと実行することは、そんなに難しいことではないのです。相手が戸惑うかな、とか、かえって迷惑に思われたらどうしよう、という気持ちが湧きあがるのは理解できるのですが、単純に応援しているよ、という気持ちを正直に表現して、嫌がる人はそうはいないはずです。それに、もしもそういう人に当たってしまっても、そんなところでくじける必要はまったくなしです!そういうときは、そろそろ退場して様子を見ましょうね。 私の場合は、がんばっている友人にご馳走することもあるし、何かよろこびそうなちょっとしたモノをプレゼントしてしまうこともあります。若い人のために、スポンサーがいなければ、絶対実現しないことのお財布役をさせてもらってしまうこともあります。だからと言って、私が超お金もち、ということではまったくないのですが……。普段はケチなので、スーパーなどでは、細かく値段をチェックする習慣は何十年も変わりません。 でも、縁があって何らかのつながりがある仲間は私の宝物だと思っています。その人たちのために、自分で稼いだ少々のお金を使うことに躊躇はありません。 なので、私は人に、「何で?」と思われようと、自分が「そうしよう!」と思うことには、世間の常識とか、人さまの思惑とかにはあまり影響されることなく、どしどしと動いてしまいます。せっかくめでたく大人になって、自分の能力の生かせる仕事に恵まれて、仕事をして収入があるのだから、自分の思うとおりにお金を使うことは、私にとってはこれこそが、「大人のお金の使い方」だと思っているのです。 また、物やお金だけでなく、自分の時間を使って、昔の生徒たちや友人たちの相談に乗ったり、文章を校正したり、英語や日本語を翻訳したりすることも、これとまったく同じ感覚なのです。友人や教え子たちに私の出来ることを覚えておいてもらえて、それを彼らに使ってもらえることが何とも嬉しいのです。だって、覚えてもらっている、ということは、私と彼らがまだまだつながっている、という何よりの証です。私はそれが本当に嬉しい。 さて、この写真を見てください。 今回はショウコがモデルです。14歳にして、 身長174センチの彼女にもよく似合ていますね。 ハイヒールもめったにはかないし、高額なブランド物のバッグやお洋服など本当に持ったことのない私ですが、イッセイ・ミヤケ氏の“プリーツ・プリーツ”というブランドのお洋服には憧れていました。体を締め付けないし、ウエストがゴムですし(!)、色がはっきりとしたものが多いのも私好みです。 実は、これ、秋山先生にそっといただいた“お小遣い”で購入させていただいたものなのです。 あるお正月のこと、アフリカから一時帰国していた私は久しぶりに秋山先生にお目にかかりました。先生のご自宅で楽しく時間を過ごさせていただいた後、先生がそっときれいな“ぽち袋”にお小遣いを入れて下さったのです。 最初はもちろん恐縮して、後ずさりしてしまいました。 でも、先生の 「いいのよ、あなた、がんばっているでしょう。私はあなたを応援したいからこんなことをしたいのよ」 とおっしゃるその奥深い笑顔に、私は知らぬ間に頭を深く下げてお礼を言っていたのでした。 このとき、私は、ものすごく恐縮しながらも、単純に、ごく単純に、心から嬉しかったのです。まるで10代の女の子に戻ったかのようにドキドキ、わくわく心が躍ったのです。 そして、このお小遣いは、食事とか、本とかに使うのではなくて、普段自分ではなかなか買えないような物を買って、長く大切に身につけさせてもらおう、と決めたのでした。 そこで、購入したのが、このイッセイ・ミヤケ氏の“プリーツ・プリーズ”のワンピースとジャケットだったのです。 「南アでこれをプリーツ・プリーズと分かる人はいないだろうなぁ」 と思っていた私。でも、失礼しました!この洋服を着るたびに、 「あら、イッセイ・ミヤケ?」 と何人もの南ア人に聞かれたのです! いやあ、すごいですね、イッセイ・ミヤケ氏。改めて感心してしまいました。 調子に乗った私は、日本に帰ると、その訪れた街のデパートなどで、このプリーツ・プリーズのお店を覗くようにしています。気にいったものがあると、エイヤ!と思い気って購入します。 これは私のささやかな“日本人のデザイナー”の服をアフリカで着る、という贅沢です。 そして、私は、このイッセイ・ミヤケ氏の洋服を身にまとうたびに、私は先生の応援の声を聞くことができるのです。「あなた、がんばっているわね。応援しているわよ」という声を。 こういう楽しい思い出や贈り物は、私たちの毎日を本当に豊かにしてくれますね。私は自分の出会った人とのつながりを大切にしたいので、これからもどしどし、言葉でも、メールでも、またプレゼントでも、お裾わけをしていきたいと思っています。
by yoshimuramineko
| 2009-02-23 07:02
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